京都地方裁判所 昭和25年(人)1号 判決
請求者 張貞達
拘束者 太秦警察署長 吉田扇次郎
一、主 文
請求者の請求を棄却する。
被拘束者を拘束者に引渡す。
手続費用は請求者の負担とする。
二、事 実
請求者代理人は被拘束者張元達を釈放する、手続費用は拘束者の負担とする、との判決を求め、其の理由として被拘束者張元達は二十数年前より引続き本邦に在留し、京都市に於て正式に外国人登録簿に登録された韓国人であるが、昭和二十三年在鮮の祖父が死亡し其の長孫たる関係上同国の習慣として其の葬儀並に其の後の祭祀に参列する必要に迫られ正式帰国の手続をとる余裕がなかつた爲、窮余の策として密航船により帰鮮し、右祭祀をすませた後再び本邦への帰途に就き、同年十月頃密入国したところ逮捕せられ、同年十一月二十九日福岡地方裁判所に於て懲役三月に処せられ翌二十四年三月八日頃右刑の執行を受け終り福岡刑務所より釈放せられた。右釈放に際し被拘束者は刑務所係官より正式の轉出証明書を交付され、京都市内に轉出して其の後約二年間平穏にして誠実な生活を送つて來たものである。然るところ被拘束者は昭和二十五年七月六日新に外国人虚僞登録罪の嫌疑を受け京都地方裁判所に起訴せられ目下其の公判係属中であるが、八月三日保釈許可の決定を得、所定の保証金及保証書を納付した上京都拘置所より出所せんとした際、突如右拘置所の構内に於て京都市巡査により逮捕され同市右京区蜂ケ岡三十一番地太秦警察署に連行された上同署に於て現在迄引続き拘束せられて居る状態である。請求者代理人は右事実を其の翌日請求者より聞知し、直ちに太秦警察署に逮捕及拘束の事由を質したところ、右は京都府知事の発した前記不法入国を理由とする外国人退去強制令書によるものであることが判明した。然し右逮捕及拘束は左の如く所定の方式並に手続に著しく違反した点があり到底違法の処置たるを免れない。即ち
(イ) 被拘束者を逮捕した巡査は当時右令書を所持せず且逮捕の理由を何等被拘束者に告知しなかつた。
(ロ) 本件令書には之を執行した巡査の署名捺印を欠いている。
(ハ) 右令書には退去強制の時期として「刑の執行猶予又は罰金の言渡を受けた時は宣告の日以後実刑の言渡を受けた時は仮釈放又は満期釈放の時期以後」理由として「令第三條違反(不法入国)」とのみ夫々記載してあるが、右の如きは具体的記載として不十分であり從つて特定性を欠いて居り延いて令書としての効力を阻却するものである。
(ニ) 被拘束者が拘置所を出所する以前其の構内に於て逮捕したことは、裁判所に於て既に拘束者を逃亡等の虞なきものと認定して爲した保釈許可決定を実効なきに帰せしめるものであり、他面之が爲被拘束者が被告人たる地位に於て保有する訴訟法上の権利行使を直接又は間接に著しく制限するものである。即ち右事実は其自体重大なる方式違背であるのみならず、公判終了以前当該被告人に対し退去強制の措置に出ることは被拘束者が右公判審理の結果無罪判決を得べき機会を永久に失せしめ、又は著るしく遅延せしめるものであつて到底許さるべきものではない。
(ホ) 仮に右(ニ)の主張が理由ないものとするも本件令書には前記(ハ)に於て主張した如く、執行の時期に付限定的に記載された保釈中の執行は出來ない趣旨が明白であるのに拘らず、敢て之を執行したことは甚しい方式違背と謂うべきである。
(ヘ) 本件不法入国に適用せらるべき外国人登録令は昭和二十四年十二月二十八日改正前のものであることは法律不遡及の原則上当然である。右改正前の同令によれば不法入国者に対して強制退去を命ずると否とは法務総裁又は都道府縣知事の自由裁量に属するところ前記の如く被拘束者は不法入国罪の刑を終え出所する際刑務所係官より轉出証明書を交付されたのみならず所轄官廳は其の後二年近く被拘束者に対し強制退去の措置に出なかつたものである。このことは右不法入国を理由としては被拘束者に対し退去強制の措置をとらないことを暗黙に表示したものであつて、今更許可を取消乃至撤回する何等正当な事由を認められない。仮に右主張が理由ないとするも二年前の不法入国を理由として今回突如退去強制の措置に出ることは権限の濫用と謂わねばならぬ。
(ト) 仮に本件退去強制が現行外国人登録令によるものとすれば本命令を発する権限は独り法務総裁に属するものである。然るに本件命令書は京都府知事の発付に係るものであるから無効である。
(チ) 現在国外への送還措置そのものは朝鮮の戰乱により事実上停止されて居る。斯かる際二年前の不法入国を理由として不定期間拘束することは権限の濫用である。
本件拘束は以上の如く其の方式及手続上に重大な瑕疵を具備するので請求者は被拘束者張元達の速やかな釈放を求める次第であると述べた。<立証省略>
拘束者は主文同旨の判決を求め、答弁として請求者主張事実中京都市巡査が昭和二十五年九月十九日被拘束者張元達を京都府知事の発付した外国人退去強制令書にもとずき逮捕し以後引続き拘束者に於て同人を太秦警察署留置場内保護室に拘束中であること、被拘束者が昭和二十三年十一月二十九日福岡地方裁判所に於て本件拘束の理由となつた不法入国の件により懲役三月に処せられ翌二十四年三月八日右刑の執行を受け終り福岡刑務所を出所したこと、其の後外国人虚僞登録罪により起訴され現在京都地方裁判所に於て公判係属中であること、本件逮捕は右公訴事件に付被拘束者が保釈許可決定を得京都拘置所を出所せんとする際同構内に於て爲されたものであることはいずれも之を認めるが其の余の請求者主張事実はすべて之を爭う。即ち本件逮捕は京都市巡査藤沢傳七が被拘束者に対し同人に対する適式の外国人退去強制令書を示し、且逮捕並に拘束の理由を告げた上之を執行したものである。尤も右令書の原本に執行者藤沢傳七の署名捺印を欠いていることは之を認めるがかゝる程度の瑕疵は令書そのものが適法に発付され資格ある警察官吏によつて執行された以上右執行の効力を左右するものでない。請求者は又本件令書発付は京都府知事が法務総裁の訓令によらず独断で爲したものであると主張するが、法務総裁は昭和二十五年七月二十五日附を以て京都府知事宛訓令を発し、同府知事は翌二十六日右訓令にもとずき本件令書を発付したものであつて其の間何等間然するところがない。其の他本件拘束はすべて所定の方式並に手続に從つて行われたものであつて請求者の本件請求は失当である。尚拘束者を現実に国外に退去せしめる時期が何時頃かは拘束者に於て不明であると述べた。<立証省略>
三、理 由
被拘束者張元達が昭和二十五年九月十九日京都拘置所構内に於て京都府知事の発付した外国人退去強制令書により逮捕され同市太秦警察署に連行された上引続き拘束者により同署に拘束されて居ることは当事者間に争がない。請求者は数点を挙示して右拘束には方式並に手続上著しく違法な点があると主張するので以下順次判断することゝする。
(イ)の主張に付て、藤沢傳七の陳述によれば本件令書は京都市巡査藤沢傳七により執行されたが、同巡査は右執行当時被拘束者に対し令書を示し且執行の理由を告知したことが明らかであり、之に反する被拘束者張元達の陳述はたやすく信用することが出來ないので本主張は之を採用しない。
(ロ)の主張に付て、成立に爭のない乙第一号証によれば、本件令書には執行者の署名捺印を欠くことが明らかである。請求者は、右署名捺印なくして令書が執行されたことは著しい違法であると主張する。成程外国人登録令施行規則第十九條によれば「警察官又は警察吏員は令書を執行するときは令書を所持し之に署名捺印しなければならない」とあるので、署名捺印は令書の所持と並んで等しく執行の要件と解するのが相当のようであるが、然し署名捺印に付ては事の性質上執行に先立ち之を嚴守することは令書の執行不能を來す場合があることが予想され(尤も逮捕状の制度があるので斯くの如き事例は極めて稀有のことであろうけれども)、他面同條に於て署名捺印すべきことを規定したのは令書執行者の責任の所在を明らかにする趣旨に出でたものであると解するのが相当であるから、同條中署名捺印に関する部分は之を執行の着手に先立つ要件と考えるべきでなく、執行に際し遵守すべき方式を規定したに過ぎないと解すべきである。而して前記の如く昭和二十五年九月三十日の本件審問期日に至る迄執行者の署名捺印なきことは乙第一号証により明らかであるから、此の点に於て本件執行は方式上瑕疵を有することは爭のないところであるが、前記の如く執行に際し署名捺印するを以て足ると解するのが相当である以上、其の署名捺印が多少遷延することがあつても其の一事を以て当然令書の執行を無効ならしめるものと断ずることは出來ない。而して眞正に成立したと認められる乙第三号証藤沢傳七の陳述並に弁論の全趣旨を綜合すれば、本件令書は前記認定の如く藤沢巡査が執行し同巡査は執行直後令書の控(拘束者が関係記録に編綴して拘束場所に備え置くもの。原本は大事をとつて執行後は市警本部に於て保管す)に署名捺印して執行の責任者たることを明白にしたものと認められるので、右執行は其の効力に於て欠くるところなく、本主張も又之を採用することを得ない。
(ハ)及(ホ)の主張に付て、令書に記載せられる退去強制の理由及時期に付ては、当該令書の執行を受けたものに於て如何なる事由により執行されたか、又執行の時期が既に到來したかどうかを通常人の能力により判定し得るに足る記載があれば足ると解すべきである。而して被拘束者は前記の如く昭和二十四年三月八日頃不法入国罪による受刑を終了し、右以外に不法入国の事実がないことは、請求者の主張するところであるから、本件令書(乙第一号証)に退去強制の理由の記載として令第三條違反(不法入国)とあるのは右不法入国を指すものであること明らかであり、又時期に関する記載として「刑の執行猶予又は罰金の言渡を受けた時は宣告の日以後、実刑の言渡を受けた時は仮釈放又は満期釈放の時期以後」とあるのは右不法入国(外国人登録令第三條違反)の裁判に関連しての記載と解すべきであつて、右記載によれば本件令書執行の時期が既に到來していることはたやすく諒解し得るところであるから、請求者の(ハ)の主張は其の理由がない。(ホ)の主張も又之を採用することが出來ないことは右に説述したところにより自ら明らかである。
(ニ)の主張に付て、外国人退去強制の手続と刑事訴訟上の手続とは一方は行政手続であり他方は裁判手続であつて其の目的を異にし其の適用せられる場面を異にする。両者の法律効果は原則として夫々別個独立に発生し、作用し、互に他より何等の制肘を受けない。從つて事実上一方の手続の施行により他方の手続の進行及其の効果が單なる実際面に於ては阻害せられることも当然在り得るのであつて、仮令後者の手続に於て保障され乃至実現された被告人の利益が前者の手続の施行により障害されたとするも特別の規定なき限り其の故を以て前者の措置を違法なりと非議することは出來ない。之を本件の場合に付考えるに、本件令書は不法入国を理由として発付されたもので、此の場合行政官廳が何等の刑事裁判を経ることなく、直ちに退去強制の措置をとる権能を有することは外国人登録令第十六條の明定するところである。同裁判に於て不法入国の事実を否定する判決が同時に行政官廳の右行政措置を否定する実際的効果を有することは、外国人登録令施行規則第十六條の規定の趣旨及刑事判決の有する高度の証明力に徴し蓋し当然であろうが、判決前の手続に過ぎない保釈許可決定は何等右行政処分の施行を妨げる効力を有するものでない。他面被告人に対する退去強制処分は同人に対する保釈の法律効果に又些かの影響を及すものでない。保釈とは一定の保証金又は保証書を徴して被告人に対する勾留を解くことを意味する。勾留とは刑事裁判遂行の必要上被告人を一定の場所に拘禁することである。退去強制処分の目的とするところは刑事裁判の遂行に些かのかかわりなく、從つて何等保釈の効果を滅却するものでないことは、敢て多言を要しないところであろう。保釈の実現により被告人が弁護人との面接、交信等に於て本來の自由を回復することは、保釈が実現せられた後の事実状態に過ぎないのである。從つて問題は、本件の場合に於て不法入国を理由とする退去強制処分は、被告人の所謂迅速裁判に対する権利を侵害しないかの一点に凝集する。惟うに不法入国者は其の国に対して後国家的基本人権の保護を要求する権利を有しないと解すべきであろう。加之退去強制処分による拘束は右退去の実現を確保する爲必要な最少限度に於て爲される保全処分に過ぎないのであるから、拘束が右限界を逸脱せざる限り右拘束あるが爲に刑事裁判の進行に格別の支障を來す虞は殆んどないものと謂わねばならない。又不法入国を理由とする強制退去が終局的に実現された曉は同人に対する刑事裁判権は消滅すると解するのが相当であるから、本件退去強制処分によつて被告人の迅速裁判に対する権利は何等毀損せられるものでないとの論定に帰する。從つて請求者の(ニ)の主張も又之を採用することが出來ない。
(ヘ)の主張に付て、被拘束者が昭和二十四年三月八日頃不法入国罪の刑を終えて福岡刑務所を出所した後一年数ケ月被拘束者に対して退去強制の措置がとれなかつたことは拘束者の敢て爭わざるところであり、右出所の際被拘束者が刑務所係官より京都市内への轉出証明を交付されたことは請求者張貞達及被拘束者張元達の陳述により一應疏明せられる。然し退去強制の権限を有せざる刑務所係官が轉出証明書を交付することを以て権限ある官廳が被拘束者に対し本邦在留を許可する行爲と等價値視するを得ず、又当局に於て其の後一年数ケ月被拘束者の本邦在留を放任したこと其の一事を以て退去強制の措置をとらざることを表示した黙示の行政処分があつたと解することは出來ない。又不法入国者に対し退去強制の措置をとるべきことは外国人登録令により当局に課せられた責務(條文上の形式によれば法務総裁の自由裁量の如き観あるも事の性質上法規裁量に属すると考えられる)であつて、一年数ケ月前の不法入国を理由として右処分をとることは右責務履行の遅滞を非難さるべき原因とこそなるべけれ、何等権限の濫用と解することは出來ない。以上個々の点を綜合するも令書発付の責任者側に多少手落と称すべきものがあつたことが窺われるに止り本件令書の発付そのものは何等違法の点なくして行われたものと謂わざるを得ない。
(ト)の主張に付て、成立に爭のない乙第二号証によれば本件令書発付の前日に法務総裁より京都府知事宛被拘束者に対し不法入国を理由として退去強制の措置に出るべきことの訓令があつたことが明らかであるから、本主張も又採用し得ない。
(チ)の主張に付て、現在国外への送還そのものは朝鮮の戰乱により事実上停止されていることは成立に爭のない甲第四号証に徴し明らかであるが、右は当局の全く関與することを得ない不可抗力的な障害にもとずくもので、右障害が除去された曉当然国外への送還は再開されるべく、其の時期が遠い將來に属するか將又極めて近い將來に到來するかは全く不明であるから、現在其の時期が予測不可能という一事を以て本件拘束を権限の濫用と認めることは出來ない。
以上説示した如く本件拘束には其の方式及手続上何等違法乃至失当の点なしとは称し得ないが、法令に著るしく違反した点ありとは到底認め得られないので、本件請求を理由なきものと認め手続費用の負担に付人身保護法第十七條民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 箕田正一 加藤孝之 鈴木辰行)